学び

他人の善行、自分も同じことができるか?(出勤途中の空き缶拾い)

今日出勤途中で見かけた光景です。

職場の最寄り駅を降り、会社へ向かう道すがら、50代くらいの男性サラリーマンが前を歩いていて、飲み物の缶を拾っている場面を見ました。最初はその方が自分で落とした缶かな?と思いましたが、どうやらビールの空き缶のようです。少し歩くと2缶目、また少し歩いて3缶目を拾い、片手に3つの空き缶、片手にビジネスバックを持ったまま、その方は会社への入っていきました。それも颯爽とした感じで。

おそらく善行として自発的に空き缶を拾い、会社のごみ箱に捨てられたんでしょうけど、ここでふと思いました。

Cafe
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これは、なかなか出来ることじゃないなぁ…

 

考察

と、いうことで、夕食時に家族に話してみました。

Cafe
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…ってことがあったんだけど、アルコなら拾える?
Cafe
Cafe
あ、私出来ると思うよ。
Cafe
Cafe
ていうか、朝からそんなにビール缶が捨ててあることがムカつくからやらないかも!
Cafe
Cafe
その人すごいな。私もやりたいって思うけど、たぶん出来ないかも
Cafe
Cafe
どうして?
Cafe
Cafe
だってなんか恥ずかしいし…

 

そうなんです、善い行いのはずなのに、実際に行動に移そうとするとなかなかできない。こういうことみなさんも経験ありませんか?電車で座席を譲る…なんかも躊躇してタイミングを逃すことあります。

やらない理由で考えられるのは、以下のような感じでしょうか。

① 面倒くさい。
② 時間がない。急いでいる。
③ 手袋もなく、誰が飲んだか分からない缶は触りたくない。
④ 気にはなるけど、大勢見てるしなんか恥ずかしい
⑤ そもそもゴミなんて目に入らない。気にならない。

①、②は分かりやすいですね。割と一般的な感想かもしれませんね。朝の出勤時ですし。
③については、このご時世ですから結構いるかもしれませんね。得体のしれないものにはタッチしないという。
⑤は…まぁ最初から気にならないから理由なんてないのかもしれません。

気になるのは④です。
自分も恥ずかしいわけではないけど、人の目があるっていうのはあると思いました。
ジューが思ったのも④なわけです。

この考え方、日本人によくみられる考え方かもしれません。

ある新聞の社説にこんな一文がありました。

最近、「タイタニック」という映画を再放送で観賞した故に・・・・・。

ある豪華客船が航行中に沈没しつつあった。船長は救命ボートの定員に限りがあるから、女性と子供以外は船に残るように求めた。
米国人には「あなたは英雄になれる」。英国人には「残れば紳士です」。イタリア人には「女性にもてます」。
そこで日本人に対しては「みんな残りますよ」といったとか。よく聞くジョークながら、わが同胞の性格をたくみに表現している。

                          引用:産経新聞「産経抄」

そうなんです。こういう考え方って根本に「日本の横並び思考」があるような気がします。

日本人の横並び思考、この源流を辿ると農耕社会と密接に関係しているといわれています。

農耕を行う上で、天候や季節というものは非常に重要で、それゆえ遅霜や空梅雨、季節外れの大雪や台風、害虫の異常発生といったものは農耕の大敵です。つまり「変化への敏感さ」ではなく、逆に「変化を嫌う」のが農耕なのです。

狩猟社会では「戦略」というものが重要になりますが、農耕ではあまり意味はなく、むしろ「過去の反復」にプラスして、手直し、改良、微調整の能力が求められます。

リーダーに求められる資質についても、農耕では戦略よりも「過去の反復」が大切であるゆえ、仲間内の利害を調整する能力のほうが重要。

そういった「過去の反復」をする上では住民の統制がきく「村社会」を形成し、全員横並びで暮らすことが色々と都合がいい社会であったといえるのでしょう。よくいえば協調性ですが、それを裏返すと逆にもなりますよね。

そういった考え方、習性がDNAレベルで脈々と……

Cafe
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…どうでもよいけど、目についたなら拾いなよ
Cafe
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うぅ…はい

雑感

善い行いをするはずなのに、ちょっと人の目が気になる…なんで気になるのかよくわからないですよね(DNAうんぬんは言わないでおきます(苦笑)

勝手に自分の中で作り上げている幻想なのかもしれませんね。

あまり考えずに、行動してみれば案外気にならないのかもしれません。それどころか新しい発見があるかもしれませんね。
みるくを連れて、近所の公園のごみ拾いしてこようかな。

朝見かけた男性の後ろ姿、背筋が伸びていてカッコよかったですから。